豪は、じぃと見つめられていた。ただひたすらに。畳にあぐらをかき包帯を換えようとしているところを、眺められていた。

「おい、あんた」

 しつこく絡みつく視線に辛抱ならなくなり、豪は視線の主である白髪の少女――小狛に声を投げかける。彼女は話しかけられると思っていなかったのか、驚いたようにぱっと顔を上げた。

「どないしたん」

 丸い目を瞬かせ、自分が何かおかしいことをしていたかと言いたげな表情だ。

「どないしたんもこないしたんもない。男の裸凝視する奴があるか」

 もちろん袴等は着用しているが、今しがた包帯を取っ払ってしまった上半身は布一枚まとっていない素肌だ。食い入るように見つめられては堪ったものではない。小狛のような年頃の少女が見るものでもないと思う。もっとも彼女は年齢不詳のため本当は何歳かなどわからないが、少なくとも豪から見れば年頃の少女の範疇だった。
 それを聞いた当の小狛は、けろりと笑った。

「うち平気」

 あまり平気ではないと教えるべきだ。親代わりのような男相手ではあるものの、少しは抵抗を感じるべきだ。
 豪は眉間を指で押さえて唸った。このまま見つめられていては、もうまもなく胃痛を起こしそうである。

「豪さんは平気なん?」
「いや、俺は平気じゃないから言って――」
「お腹のお怪我の話」

 指で示されてはっとする。
 思い返せば、小狛は豪の上半身を舐め回すように見ることはしていない。未知の痕跡が気になっているのかそれとも心配しているのか、ただ一点――腹部の傷痕だけを見ていたのだ。
 豪が「平気だ」と返せば、「よかった」と小狛は笑う。笑って、次には思いも寄らない提案を投げかけてきた。

「そや、うちが包帯換えてあげよか!」

 数秒前まで豪が持っていたはずの換えの包帯を、いつの間にやら奪取して意気込む小狛。きらきらと輝く混じり気の無い双眸を見ていると、断るに断れなってくる。彼女の尽きない好奇心と厚意には、豪もたじろぐものがあるのだ。

「今回だけでいいからな」

 結局やんわりと許可をおろした豪は、もうどうにでもなれと腹を括った。この際、多少傷が痛もうが巻き方が下手であろうがご愛嬌。許せてしまう自分がいる。
 耳の後ろで「はぁい」といった元気の良い返事が聞こえた後、正面に小狛の手と包帯が回される。脇腹から肩にかけて斜にぐるりと巻くのを数回繰り返し、意外にも手際良く巻かれていった。

「いやまさか、早いし上手いとは」

 それこそ、普段自分で手際良く行っているはずの豪が呆気にとられる度合で。

「ふへへ、いつも豪さんの見とったさかい」

 褒められて得意げな小狛は、肩の辺りで包帯を結んだ。多少ずれている箇所はあるものの問題ない程度で、きつくもなく緩くもなく丁度良い。
 見ていただけでよくここまでできるな、と豪は素直に感心した。

「ありがとよ、助かった」
「そやろ。次もやっても構へんし、そのときは言うてな」

 本気で、提案に甘えて次も頼もうかと思った。
 その一時の油断が甘かったのだ。

「っうぇぁっ!?」

 つぅ、と脇腹を指が滑っていった。
 完全に体の力が抜けていたところに不意打ちを食らっては、さすがの豪も裏返った声が出る。

「あ、豪さんくすぐり効くんや!?」
「あんた何すっ、おいやめろ面白がるな」

 慌てて止めても、小狛が手の動きを中断することはない。しかし、抵抗しようと思えば片腕で容易に捻じ伏せられるものを、軽く払う程度の抵抗しか見せないほうもほうである。
 こうなってしまっては、小狛は『父親で遊ぶ娘』だ。そして豪は『大人しく遊ばれる父親』だ。

「わ~意外やねぇ」
「聞いてんのか、もう触らなくていいっぶはっ、はは」
「笑うた! 笑うた~!」
「そりゃ笑うだろやめろ!」

 二人で笑い転げ回っているのを、傍から見つめる影がひとつ。

「おい」

 瞬間、その場の空気が絶対零度の冷え込みを見せた。豪と小狛はそのまま一時停止する。
 静かに微笑んでいたのは、見回りから戻った真白だ。ぎらつく赤目と白い牙、逆立つ紅白の体毛は、顔が笑っていようとも機嫌の悪さを顕著に示している。過程を知らぬ彼女の目に今映っているのは、至近距離で触れ合う半裸の男と最愛の娘。誰が何を言わずとも好ましい状況ではなかった。
 しかし、真白の次の言葉は二人の予想を裏切る。

「私も混ぜろ」

 にやりと意味深げに歪んだ表情は、豪に言わせれば『旦那をいびる鬼嫁』のようなものだった。
 小狛に言わせれば、遊びに乗ってくれた『ノリの良い母親』の笑顔であったが。

「いやこれ以上は勘弁してくれ、やめっ」

 これ以降の数日間、父親がへそを曲げて口数を激減させたらしい。