「好きって、何だろうな」
唐突な問いに、俺は思わず口に含んでいたお茶を吹き出しそうになった。吹き出しそうになって、やっとのことで喉の奥に押し込み堪えることができたのが幸いだ。
少しばかりむせながらその質問の真意を問う。
「何だよいきなり」
“好き”とは一体何なのか。そんな、少なくとも俺にはいくら探究しても筆舌に尽くし難いような問いを投げつけた張本人、龍悟は大きく溜め息を吐く。目尻の下がった隻眼を泳がせて、金魚のように口を開けたり閉じたりと、いかにも挙動が怪しい。
何かあったのだろう、と数秒で俺は察した。全くこいつは胸中わかりやすいこと極まりない。
しかしだ。用件を察したところで、それは俺が力を発揮できるようなものではなかった。
「色恋沙汰なら女子に聞けよ、ありがてぇ助言が降ってくらぁ」
「千華に聞いてほしいんだ」
他に相談することを薦めたところ、龍悟がぱっと顔を上げて言った。思わぬ返答に驚いて見るその顔は、真面目でいて必死なものだったので、これ以上他を薦めたりするのは野暮だろう。
俺が良いという理由はわからないが、とりあえずは大人しく彼の相談事を聞いてやることにした。
*
――――曰く。告白されたらしい。
「そう、へぇ良いご身分じゃねぇかへえぇぇ」
「落ち着け千華相手のことをまだ話してない!」
自分にとっては手の届かないような話に、嫉妬や嫌味その他もろもろ混ぜ込んだ言葉を言い放つ俺。そんな俺を見て必死で落ち着かせようとする龍悟。おそらく傍からすると色恋沙汰で喚く馬鹿な男たちにしか見えないだろう。でもそんなことはどうでもいい。そんな贅沢なお悩みがあってなるものかと、俺は龍悟に宥められるも膨れっ面をしたまま続きを聞く。
「実はな、相手は、……けるべろすなんだ」
「はぁ?」
思わぬ相手に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いやだから……好きって言われたの。正確には尻尾の蛇になんだけど」
けるべろす。俺が管理人を務めている養育施設に引き取られ、面倒を見ている奴だ。名前からして有名だからわかるかもしれないが、少し前までは、かの地獄の番犬――から名前をもらった新米番犬娘であった。そう、犬。三つ頭の地獄出身で尻尾が喋る蛇であろうとも犬だ。そして、奴はれっきとした乙女である。
「……ああ。確かにお前のこと好きそう」
あいつ面食いだもんなー、と、先ほどの反抗心は綺麗さっぱり消えた、親のような心持ちで穏やかに言った。龍悟はがっくりと肩を落とし、どうするべきかと呟いている。
なるほど、俺に聞いてほしかったのは俺が問題対象たちおよびけるべろすの責任者だからということらしい。それならその判断は正解だと言えるだろう。
「付き合えば」
「あのわんこと?」
「地獄の番犬だぞ、玉の輿じゃねぇか喜べ」
「喜んで良いのかそれは」
まあ、現役の地獄の番犬なら本当に喜ぶべきことなのだが、今のけるべろすは元いた地獄から家出して迷子になり色々あって問題も起こしてここへやってきた――言わば“わけあり”なので、そうもいかないかもしれない。悪い奴ではないのは確かだが。
「たまにこっち来て遊んでやってくれよ。お前もなんだかんだ好きだろあいつのこと」
「……そうだな」
困ったような笑みを浮かべる龍悟を、色男めと小突いてやった。
*
少し、同情する。
「っけるべろす! 落ち着け! 俺は逃げないからっ……ああいや噛み付くと逃げるぞ!! やめろ!」
「ぐるるるっ……」
表情を見れば、怒っているのではなく甘えているのはわかる。それでも力の格差が目に見えて、惨い一面に見えてくるのがなにやら物悲しい。
龍悟が必死で逃げると、けるべろすが数歩で追いつき、じゃれつく。吹っ飛ばされるように地面に倒された龍悟が心配になって様子を見やると、大きな舌でこれでもかというほど舐められて、それは困ったように、そして楽しそうに笑っていた。
「大好きなんだな」
「がうっ!!」
けるべろすに好意を確認すると、三つの頭で同時に発した元気な声が返ってくる。無論、その大きな足で龍悟を押さえつけたまま。
お疲れさまです。お幸せに。